金子吉晴(維新政党新風)    行動保守の選挙担当として維新政党・新風に籍を置き真の戦後レジームからの脱却に邁進しています。

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"[オピニオン]集安高句麗碑" 我が国古代史学界の体質改善は南北朝鮮に対するしっかりした外交姿勢から!!

 4月16日の南朝鮮・東亞日報日本語版は,”[オピニオン]集安高句麗碑
◆高句麗の長寿王が414年に建てた広開土大王陵碑の碑文に「倭以辛卯年来渡海破白残○○○羅以為臣民」という部分がある。
 日本人は、南淵書という偽造古書を作って陵碑写本全文というものを加えて○○○を「脅降新」とした。その場合「倭が辛卯年に海を渡って百済を破り、新羅を力で屈服させて臣民とした」という意味になる。日本の学者たちは、三文字を不明確として今もそのように解釈し、任那日本府説の根拠とした。
◆韓国の学者たちは、「渡海」の主語を倭ではなく文章にない高句麗と見て、「倭が辛卯年に到来すると、(高句麗が)海を渡って百済を破り、新羅を救って臣民にした」と解釈する。広開土大王陵碑の碑文は稀に見る名文だが、倭が辛卯年に海を渡って来たとすれば、「倭以辛卯年来渡海…」は「来」が抜けた「倭以辛卯年渡海…」になってこそ正しい文章になる。
◆昨年、広開土大王陵碑がある中国吉林省集安県で別の高句麗碑が発見された。中国側の公式の研究書は、広開土王が建てた現存する最古の高句麗碑だと主張した。
 長寿王が427年に建てたことを意味する「丁卯」という文字を判読したという内部の反論が起こる中、中国側の公式研究書を作成した学者たちはそのような文字は読めなかったと主張した。そして、集安高句麗碑は中国王朝との密接な影響関係から生まれたものであると強調した。日本人の広開土大王陵碑文の捏造を経験した韓国としては、東北工程を通じて高句麗史を中国史に編入しようとする中国が高句麗碑を歪曲するかも知れないという疑念を拭えない。
”と報道した(リンクはこちら)。

 「日本人の広開土大王陵碑文の捏造を経験した韓国としては」とあるが、この件については昨年4月26日のエントリーで、
この「広開土王(好太王)碑の碑文が旧日本軍に改ざんされたとする説」は,Wikiに「その後、2005年(平成17年)6月23日に酒匂本以前に作成された墨本が中国で発見され、その内容は酒匂本と同一であるとされた。さらに2006年(平成18年)4月には中国社会科学院の徐建新により、1881年(明治14年)に作成された現存最古の拓本と酒匂本とが完全に一致していることが発表され、これにより改竄・捏造説は完全に否定され、その成果は『好太王碑拓本の研究』(東京堂出版)として発表された。」とあるとおり,何の根拠もないただの捏造に過ぎませんでした。
と書いたとおりである(リンクはこちら)。
 これだけ明確に否定されてもまだ性懲りもなく捏造説を吹聴しているのだから、南朝鮮人にとっては歴史がいかに自らの幻想にすぎないかということである。

 ところでこの「広開土大王陵碑」にも関係するが、当方が我が国の古代史学界に対して最も不信感を持つことは、神功皇后の三韓征伐の歴史事実性を全く否定していることである。
 例えば、手元に「瀧音能之」という人物の手になる「古代史を読み解く謎の十一人」という新書がある。
 「著者紹介」には「1953年生まれ。現在、駒澤大学数授。日本古代史、特に『風土記』を基本史料とした地域史の研究を進めている。」とある。
 出版は2004年2月15日であるから、すでに小泉第一次訪朝は実現し北朝鮮に対する非難は高まっていたが、南朝鮮や在日南北朝鮮人に対してはまだ明確な批判勢力がない時代である。
 この中には神功皇后の三韓征伐について次のとおりある。

一行が船出すると、飛廉は風をまきおこし、渡の神は波をおこして軍船の進行を助けた。そればかりでなく、海中の大魚がことごとく浮かんできて船をかついで泳いだので、軍船はいやがおうでも進み、水夫がひとつもこがずに新羅に到着したという。このとき、神功皇后の軍船がまきおこす波が新羅に押しよせ、国土の半分もが波におおわれてしまった。こうしたありさまに新羅王は恐れおののき、人々を集めて、建国以来、このようなことはおきたことがない、もはや天運が尽きたかといったが、そのとき神功皇后の軍船が海に満ちていっせいにときの声をあげた。
 新羅王は、東方に目本という神国があり、天皇という聖王がいるときくといい、さらに、とても勝つことはおぼつかないといって降伏してしまう。さらに、百済王と高句麗王も降伏し、三韓は神功皇后によって平定された。神功皇后はそのあと筑紫に帰り、ここで応神天皇を生んだ。
 これが神功皇后の新羅征討伝承のあらましである。もちろん、これは伝承であり、歴史事実とは考えにくい。何よりも非常に抽象的であり、具体性に欠けたものといわざるを得ない。


 明らかに南朝鮮の息のかかった在日及び左翼学者に遠慮した書き方である。
 確かに細かな内容は物語的であり、これがそのまま「歴史事実」であることはあり得ない。
 しかし記紀あるいは風土記のような我が国の史書において我が国が朝鮮半島に攻め込んだことは、神功皇后の時代以外は記載がない。したがって上記の「広開土大王陵碑」の碑文と考えあわせると、神功皇后の三韓征伐自体は「歴史事実」であったと言わざるを得ない。
 ただ神功皇后の三韓征伐の歴史事実性を全く否定するという我が国の古代史学界の体質は明らかに戦後の自虐史観の流れの中で形成されたものであるから、いくら理屈を振り回してもなかなか改善は難しいものであり、やはり政治が南北朝鮮に対してしっかりした外交姿勢を示すことでしか変えることは不可能だろう。
  1. 2013/04/17(水) 09:53:01|
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