金子吉晴(維新政党新風)    行動保守の選挙担当として維新政党・新風に籍を置き真の戦後レジームからの脱却に邁進しています。

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"南京事件や慰安婦の“動かぬ証拠”10万点以上、中国で発表" 「山を成す鉄の証拠」というにはやはり不足!!

 4月28日のニュースフィアは,”南京事件や慰安婦の“動かぬ証拠”10万点以上、中国で発表 海外メディアはタイミングに疑問符
 25日、中国の吉林省公文書館は第2次大戦中に日本軍が残した機密文書を公開した。南京大虐殺や従軍慰安婦、731部隊に関する89点の中には、日本軍の公式文書のほか、日本兵による手紙や新聞記事も含まれている。
【1950年代に掘り出されていた】
 中国国営新華社通信によれば、これらの文書は、日本が満州から急遽撤退するにあたり、焼却する暇もなく埋められたもの。1950年代初頭の建設工事の際に、地下から掘り出された10万点のうちの一部だという。
 韓国国際放送交流財団のニュースサイト『アリラン』によれば、公開された一連の文書には『動かぬ証拠』というタイトルが付けられている。
 合わせて26日、中国の出版社である線装書局が、11万件を超える日本の機密文書を刊行したという。

【慰安婦】
 新華社によれば、25点の文書が「慰安所」の状況に関するもの。文書からは、日本人が中国人女性を誘拐し、強制的に慰安婦にした際に公金を使っていたことがわかり、これこそ組織的な活動が行われた証拠だと同通信は報じている。
 アリランによれば、慰安婦の総数は40万人で、半数が中国人、14万人強が朝鮮半島の女性だったこと、南京の慰安所のある慰安婦は10日で178人の日本兵の相手をしなくてはならなかったことがわかるという。
【南京大虐殺】
 新華社によれば、6点の文書が南京大虐殺に関するもの。そのうち、1937年12月23日付の日本の新聞記事によれば、日本軍は3日で8万5000人を殺したという。アリランは、1937年12月から翌年1月の間に南京の人口が約100万人減少したことが読み取れるとする。
 新華社は将校によって取り上げられた日本兵による手紙を紹介している。
「日本兵は南京の女性数万人をレイプした。中には12歳の少女も含まれており、彼女達の多くはレイプ後に殺された。恐るべき犯罪だ」
 また、ある兵士は手紙の中で「豆腐を切る」ように人々を殺したと述べているとアリランは紹介している。

 なお、これらの“動かぬ証拠”が、具体的にどのようなものであるかはわからない。史料としてどこまで信頼に足るかは、報道からは判断できない点に留意が必要だ。
”と報道した(リンクはこちら)。

 まず「慰安婦」については、「南京の慰安所のある慰安婦は10日で178人の日本兵の相手をしなくてはならなかった」とあるが、3月24日のエントリーで紹介した「韓国政府は軍慰安婦(売春婦)が彼女の最大レベルで働くならば、1日につき29人の兵士に奉仕できなければならないと述べた」のに比べれば大したことはないのではないか(リンクはこちら)。

 また「南京大虐殺」については、「日本軍は3日で8万5000人を殺したという」とあるが、これは兵士か民間人かどちらか。
 もし兵士なら戦争をやっていればそれ位の死者が出ても不思議ではない。
 ましてや原爆投下や東京大空襲では民間人にさえそれ以上の死者が出ているのである。

 とにかく「なお、これらの“動かぬ証拠”が、具体的にどのようなものであるかはわからない。」とあるからどうも眉唾である。
 ただ次はもう少し具体的である。

 4月28日の中国網日本語版(チャイナネット)は,”中国で旧日本軍の公文書が新たに発見①南京大虐殺の「重要な証左」
 中国吉林省檔案館(公文書館)は最新の調査により、中国を侵略した日本軍の公文書計89件を整理した。
 資料集『山を成す鉄の証拠――吉林省で新たに発見された、日本による中国侵略の公文書の研究』の発売記念のイベントが、4月23日に吉林省檔案館で開かれた。
南京大虐殺の「重要な証左」
 1938年2月28日に、日本軍の華中派遣憲兵隊の大木繁司令官が報告した「南京憲兵管轄区内の治安回復状況に関する報告」には、昭和13年(1938年)2月11日から20日の、南京および周辺地域の「治安回復」状況が記録されている。そのうち「難民帰還状況」には、日本軍の南京大虐殺前の「南京の人口は100万人」と明記されている。しかし大虐殺発生後の1938年2月末、「南京に帰還した人口は33万5000人のみ」とされている。
 吉林省檔案館の研究員である趙玉潔氏は、「これは日本の右翼の、南京大虐殺前の人口は30万人未満という嘘を真っ向から否定した」と指摘した。
 当時の日本メディアは、大虐殺の惨状を伝えた。1937年12月23日付の大阪毎日新聞(奈良版)は、従軍記者の光本氏の記事「南京総攻撃観戦記」を掲載し、南京侵入後に日本軍が3日間で8万5000人を殺したと伝えた。光本氏は「日本軍の助川部隊と海軍の掃討により、下関の埠頭から最も近い通りから揚子江の下流まで、死体が2-3里に渡り浮かんでいた」と詳細に記した。
”と報道した(リンクはこちら)。
 
 まず「そのうち「難民帰還状況」には、日本軍の南京大虐殺前の「南京の人口は100万人」と明記されている。」とあるが、支那の側としてはこんなものしか根拠がないのだろうか。
 また「南京侵入後に日本軍が3日間で8万5000人を殺したと伝えた。」とあるのはやはり兵士だろう。

 こんなものが最も確実性の高い証拠なら、「山を成す鉄の証拠」というにはやはり不足である。
  1. 2014/04/29(火) 10:16:19|
  2. 未分類
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  4. | コメント:2
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  1. 2014/04/30(水) 17:22:30 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

情報提供者 様

 情報提供ありがとうございました。支那も何でもありですね。
 ただもうこの問題は日米関係に絞られてきたので支那や南朝鮮との事実論争は関係なくなってきました。日本人がどこまでアメリカに頼らないで自国の防衛をする覚悟があるかどうかだけです。
  1. 2014/04/30(水) 18:31:10 |
  2. URL |
  3. 金子吉晴 #0cYVgJ1c
  4. [ 編集]

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