金子吉晴(維新政党新風)    行動保守の選挙担当として維新政党・新風に籍を置き真の戦後レジームからの脱却に邁進しています。

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"【慰安婦問題】元朝日の植村隆氏、NYで安倍首相を批判 櫻井よしこ氏らも 「私はこの闘いに負けない!」" 聞き取り調査同席者リポートにも40円で売られとあるからこれはもう完全に勝負あり!!

 5月5日の産経新聞は,”【慰安婦問題】元朝日の植村隆氏、NYで安倍首相を批判 櫻井よしこ氏らも 「私はこの闘いに負けない!」
 元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏は4日、米ニューヨーク市で講演し、集まった約80人を前に「私は激しいバッシングを受けている。この闘いに負けない」と強調した。
 植村氏は「捏造」と指摘される元慰安婦の証言を取り上げた記事(1991年8月)について「捏造だと攻撃することは、慰安婦問題をなきものにしようということにもつながる」と主張。
 また、植村氏非難を繰り広げる言論人として、ジャーナリストの櫻井よしこさんと東京基督教大学の西岡力教授の名を挙げ、櫻井さんについて「暴力的な言辞を繰り返す側に立ち、あおっている」と述べた。
”と報道した(リンクはこちら)。

 「捏造だと攻撃することは、慰安婦問題をなきものにしようということにもつながる」とあるが,これは単なる言い逃れである。
 問題は「記事(1991年8月)」が「捏造」かどうかであって,「慰安婦問題」が「なきもの」になるかどうかは関係がない。
 裁判の最新報道は次のとおりである。

 4月27日の産経新聞は,”元朝日記者・植村氏の名誉毀損訴訟 文芸春秋と西岡氏が争う姿勢
 「慰安婦記事を捏造した」などとの指摘で名誉を傷つけられたとして、朝日新聞元記者の植村隆氏(56)が、文芸春秋と東京基督教大学教授の西岡力氏(59)を相手に計1650万円の損害賠償と謝罪記事の掲載などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が27日、東京地裁(原克也裁判長)であった。文芸春秋と西岡氏は請求棄却を求める答弁書を提出し、争う姿勢を見せた。
 訴状によると、朝日記者だった植村氏が平成3年8月、韓国人元慰安婦とされる女性の証言を初めて掲載した。「意図的に事実を捏造した」と批判する西岡氏の論文や、「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」との見出しが付いた昨年2月6日号の週刊文春の記事などについて「植村氏や家族への敵意をあおり立てた」としている。
 答弁書によると、被告側は植村氏の執筆した記事について、「日本軍による強制連行の事実があったと誤解させる内容であり、原告には利害関係や動機があり、新聞記事としての倫理性を著しく欠く」と指摘。その上で、「『捏造』であると評することは意見ないし論評の域を逸脱しない」と主張した。
”と報道した(リンクはこちら)。

 「植村氏や家族への敵意をあおり立てた」とあるが,上記と同じくこれも単なる言い逃れである。
 「植村隆」が「捏造」ではないと言うためには,まず「日本軍による強制連行の事実があったと誤解させる内容」ではないことを立証すべきはずである。
 具体的に「植村隆」の主張はどうか。

 平成26年10月28日の産経新聞は,”【歴史戦 第7部 崩れ始めた壁(3)】「ねじ曲げ」認めぬまま 朝日新聞から届いた植村元記者の回答 証言テープだけで記事化 
 10月24日夕。朝日新聞広報部から一枚のファクスが産経新聞に届いた。平成3年に韓国人元慰安婦の証言を初めて取り上げた朝日元記者、植村隆の記事に関し本紙が送付した質問に対する回答だった。
 元朝日新聞記者、植村隆は平成3年の年末にも元慰安婦、金学順を取り上げた。12月25日付朝刊(大阪本社版)に掲載された「かえらぬ青春 恨の半生」「ウソは許せない 私が生き証人」との見出しの記事で、金が慰安婦となった前後の境遇を伝えた。
 12月25日の記事は、訴状に書かれた金の経歴と異なる要素が2つある。
 一つは金が14歳のときから3年間、キーセン(朝鮮半島の芸妓・娼婦)学校に通っていたこと。もう一つは養父に連れられ中国に渡ったことだ。これらは訴状には記載されているが、植村の記事には出てこない。
 訴状に名前入りで記載されている金の養父に代わって記事には「地区の仕事をしている人」が登場する。
 「『そこへ行けば金もうけができる』。こんな話を、地区の仕事をしている人に言われました」(12月25日付の植村の記事)
 「『そこへ行けば金もうけができる』と説得され、同僚で一歳年上の女性とともに養父に連れられて中国へ渡った」(訴状)
 12月6日の訴状で「養父」とある人物が、記事では「地区の仕事をしている人」になっているのはなぜか。産経新聞は朝日新聞に「地区の仕事をしている人」が金の養父と同一人物なのか。そうであればなぜ養父ではなく、こうした表現を用いたのか質問した。
 朝日新聞は過去の慰安婦報道の検証を依頼している「第三者委員会の見解が出るまで回答を控える」としたが、植村自身は広報部を通じ文書で見解を示した。
 それによると植村は、聞き取り調査に同席した際、記事の記述のように金が語ったとした上で「『養父に連れられて』という話はしませんでした」と説明した。その根拠として、調査をまとめたハッキリ会の会報「ハッキリ通信」のコピーを添えた。そこでは金もうけができると勧めた人物は「養父」ではなく「町内の里長」と記されている。
 訴状の記述について植村は、「11月25日の聞き取り調査の要旨ではないと思いますが、なぜ相違があるのかは弁護団に問い合わせください」とし、「私はあくまで、金さんへの直接取材の内容を記事にしました」と述べた。植村が主張するように、金は「養父」という言葉を使っていなかったのかもしれない。しかしそうだとしても疑問は残る。
 記事の掲載時には、「養父」と記載した訴状は明らかになっていた上、金は日本滞在中、集会で「養父」と語っている。ハッキリ会の代表で、聞き取り調査にも同席した臼杵敬子も、金の経歴を次のようにリポートしている。
 「平壌にあった妓生(キーセン)専門学校の経営者に40円で売られ、養女として踊り…(中略)17歳の時、養父は『稼ぎにいくぞ』と、私と同僚の『エミ子』を連れて汽車に乗ったのです」(雑誌「宝石」・4年2月号)
 産経新聞は朝日広報部を窓口に植村本人へのインタビュー取材を申し込んだが、広報部は「お受けできない」との植村の返答を伝えてきた。ただし、植村は毎日新聞の取材には応じ「元慰安婦に関する記事に捏造はない」とコメントした。産経新聞は今後も植村に取材を申し込んでいく。(敬称略)
”と報道した(リンクはこちら)。

  「それによると植村は、聞き取り調査に同席した際、記事の記述のように金が語ったとした上で「『養父に連れられて』という話はしませんでした」と説明した。その根拠として、調査をまとめたハッキリ会の会報「ハッキリ通信」のコピーを添えた。そこでは金もうけができると勧めた人物は「養父」ではなく「町内の里長」と記されている。」とあるが,
ハッキリ会の代表で、聞き取り調査にも同席した臼杵敬子も、金の経歴を次のようにリポートしている。
 「平壌にあった妓生(キーセン)専門学校の経営者に40円で売られ、養女として踊り…(中略)17歳の時、養父は『稼ぎにいくぞ』と、私と同僚の『エミ子』を連れて汽車に乗ったのです」(雑誌「宝石」・4年2月号)

とあるから,これはもう完全に勝負ありである。
 「植村隆」はもはや「捏造」については争わない作戦のようである。
  1. 2015/05/07(木) 00:10:13|
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