金子吉晴(維新政党新風)    行動保守の選挙担当として維新政党・新風に籍を置き真の戦後レジームからの脱却に邁進しています。

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"【現代を問う】日韓併合は日本の侵略・収奪ではない…韓国や左翼言論人の捏造に反論、呉善花教授の講演で“目からうろこ”" 「侵略」ではなく単に大日本帝国と大韓帝国の意思の合致による国家合併!!

 11月20日の産経新聞は,”【現代を問う】日韓併合は日本の侵略・収奪ではない…韓国や左翼言論人の捏造に反論、呉善花教授の講演で“目からうろこ”
■岡山学芸館高・清秀中学園長 森靖喜
 明日21日午前10時から正午まで、岡山市東区役所の隣「西大寺緑化公園百花プラザ」大ホールで、岡山学芸館高・清秀中学校の第70回『親学講座』が開催される。特別講師には拓殖大学国際学部の呉善花(オ・ソンファ)教授をお招きしている。
 私がぜひ講演を聞き、著書を読んでいただきたいとこだわる理由は、彼女は『日韓併合』は日本の侵略・収奪ではないと明確に主張してくれるからである。

英国を目指した「韓国併合」と、搾取の「植民地支配」は中身も異なるのだ
 戦後の韓国人は「帝国主義支配36年」の「加害者」として執拗に日本を糾弾する。韓国人は高度な文明に生きてきて日本に文化を与えた善なる民族なのに、低級な日本が野蛮にもその善なる民族に悪逆非道の限りを尽くした、こんなことがあってよいのかと恨(ハン)を嘆く。
 韓国や日本の左翼言論人は「韓国併合」で国王を奪い、主権・生命・土地・資源・国語(ハングル語)・姓名を奪ったと非難するが、すべては捏造である。彼らは「強制連行」「従軍慰安婦」「南京大虐殺」等々と虚偽をネタにして自らの祖国・日本をおとしめ悪者にするばかりでなく、日清・日露・大東亜戦争を侵略戦争と決めつけ、戦前の日本を「悪」一色に塗りつぶす。
 しかし、「韓国併合」は植民地支配ではない。「植民地支配」は英語ではコロナイゼーション(Colonization)といい、虐殺・略奪・収奪する支配を意味し、原住民の生活向上という精神はなく絞り取るだけである。それに対し、「併合」「合邦」は現地の人々の生活向上を目的とし、アネクゼーション(annexation)と表現する。
 例えば、英国のイングランドはスコットランドを併合したのである。日本は中世の生活であった韓国を日本人並みの生活に向上させようとしたのであり、言うならば「収奪型」ではなく「投資型植民政策」というべきである。お米の生産高も人口も倍増している。
 両者は異なる概念であるにもかかわらずわざと混同させ、台湾も韓国も植民地支配し、収奪・略奪したと糾弾する。ならばなぜ、台湾国民は日本に感謝しているのか、日本は韓国にも台湾同様多額の国家予算をつぎ込み、5千余の小学校や大学、治山治水、電気、病院、鉄道・道路・港湾を作り、「衛生観念を育成し世界一不潔な首都」(英国の女性旅行家・イザベラ・バード)を市内電車が走る近代的都市にし、韓国の近代的国家づくりに努力したのである。
”と報道した(リンクはこちら)。

 表題に「日韓併合は日本の侵略・収奪ではない」とあるが、この上記の説明文では「収奪」ではないことの説明は「しかし、「韓国併合」は植民地支配ではない。」以下によく書かれてある。
 しかし「侵略」ではないことの説明は「韓国や日本の左翼言論人は「韓国併合」で国王を奪い、主権・生命・土地・資源・国語(ハングル語)・姓名を奪ったと非難するが、すべては捏造である。」の部分だけで少し説明不足である。

 この点はおそらく「呉善花教授」の著著である「韓国併合への道 完全版」(リンクはこちら)には十分記述されているだろう。
 しかし当方はこの版を持っていないので、前の版である「韓国併合への道」(リンクはこちら)から引用しておく。

この時期(当方注・・・日露戦争後)の韓国の政治・社会運動は、義兵闘争と愛国啓蒙運動だけではなかった。それらとは正反対に、積極的に日本との同盟関係を強化し、さらには日韓合邦を推進していこうとする大衆運動が存在した。
 李容九をリーダーとする一進会が進めた日韓合邦運動については、多くの場合「日本の傀儡団体・幽霊団体」による、まったく大衆的な支持をもたない「欺瞞的な売国行為」という評価がなされてきた。しかしながら、そういう切り捨て方は、当時の韓国の実状を正確にみつめようとするものではない。
」(190頁)
現在のように、自力で近代国家を建設する力のない国が、国連の保護下に入って近代化を進めていくようなシステムは当時はなかった。したがって、当時の韓国はいったん外国の保護下に入り、そこで近代化を進めて力をつけ、独立へと向かうしか現実的にはとるべき道はなかったのである。
 そこで一進会が選んだのが、ロシアでもアメリカでもその他の諸国でもなく、日本だったのである。
」(195~196頁)
一九○四年以降合邦運動を展開し続けた一進会は、一九○九年(明治四二)一二月四日、韓国皇帝・曾弥荒助統監・李完用総理大臣に対して、日韓合邦に関する上奏文と請願書を提出し、合邦声明書を国民に配布した。
 翌一九一○年(明治四三)八月一六日、日本側から韓国政府ヘ「条約案」が提示され、一八日の韓国閣議を通過して二二日、李完用総理大臣と寺内正毅統監との間で「韓国併合に関する条約」が締結された。
」(203~204頁)

 「一進会」は単なる民間政治団体だから、「一進会は、一九○九年(明治四二)一二月四日、韓国皇帝・曾弥荒助統監・李完用総理大臣に対して、日韓合邦に関する上奏文と請願書を提出」と「二二日、李完用総理大臣と寺内正毅統監との間で「韓国併合に関する条約」が締結された」ことには直接的な因果関係があるとは言えない。

 しかし「一八日の韓国閣議を通過」し、「韓国皇帝」も何ら異議を示さなかったことは、やはり「侵略」ではなく、市町村や株式会社ではよくあるように、単に大日本帝国と大韓帝国の意思の合致による国家合併と言えるのではないか。
  1. 2015/11/22(日) 19:41:50|
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