金子吉晴(日本の自存自衛を取り戻す会)    行動保守運動の一員として真に戦後レジームからの脱却を追求しています。

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"大韓帝国は無気力に滅びたのではない" それは正しいが、その意味は「大韓帝国は気力を持って日本に賭けた」ということ!!

 8月4日の中央日報日本語版は,”大韓帝国は無気力に滅びたのではない
 大韓帝国に対する新たな研究は2000年ごろに始まった。以前はさげすむばかりだった。亡国の責任をすべて押し付けられた高宗と彼の時代は嫌悪の対象だった。恥ずかしく頭の痛い過去だと思い込み、振り返ってみようとさえ思わなかった。2000年、李泰鎮ソウル大名誉教授が出した『高宗時代の再照明』が新たな突破口を開いた。その後、韓永愚ソウル大名誉教授、徐栄姫韓国産業技術大教授などが相次いで大韓帝国関連の新しい研究の流れを継承していった。
 黄台淵東国大教授(62)の新刊『百姓の国 大韓帝国』『甲辰倭乱と国民戦争』は、そのような流れに乗ってはいるが、研究の量と質で従来の作業を圧倒している。著者はこれに先立ち、昨年『大韓民国国号の由来と民国の意味』を、ことし1月には『甲午倭乱と俄館亡命』を出した。ともに大韓帝国関連の本だ。執筆中の『韓国近代化と政治思想』も来年出版する予定だ。これらの本を通じて、大韓帝国に対する誤解とさげすみはこれ以上幅を利かせることはできなくなると著者は自信を持つ。

 これまで、私たちが大韓帝国時代を振り返ることさえ忌み嫌っていた理由は何か。全く同感できず、前後がかみあわない事件だけが羅列してあったからだ。韓国の近代的な歴史叙述は、日本の学者の手で始まったという点が悲しい。どうしたらこのように無気力に滅びえたのか、このような感情を誰もが一度は持ったことだろう。黄教授はその点に執拗に掘り下げている。日帝植民史学者が脱落させ、解放以降の韓国学者が気づけなかった2つの事件を復元させた。1894年の甲午倭乱(東学党の乱)と1904年の甲辰倭乱(日露戦争)だ。漢文・英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語など外国語に精通している長所を活かした。
「朝鮮は1894年の甲午倭乱で滅亡し、大韓帝国は1904年の甲辰倭乱で滅亡しました。この2つの倭乱がこれまでの歴史から跡形もなく消えてしまいました。その間、2回の滅亡だけが目に映るだけで、義兵戦争と光復(解放)戦争を通して激しく抵抗して勝利した2回の復活は目に入ってきませんでした」

 1894年6月、甲午倭乱の時に侵入してきたが、明成皇后殺害に怒った百姓の武装蜂起と、高宗の俄館亡命で一時退却した日本軍は、1904年(甲辰年)2月に再び侵入して韓半島(朝鮮半島)全域を占領した。日帝の全面侵攻に国軍と民軍(義兵)が力を合わせ、全国各地で6年間にわたってすさまじい「国民戦争」を繰り広げて抵抗した。その時敗北したからと言って、大韓帝国国軍をただの烏合の衆だと下に見るべきではない、と著者は言う。1901年、すでに韓国軍は日帝以外のアジアのどの国も持てなかった3万大軍の「新式軍隊」であり、乙巳勒約(第二次日韓協約、1905年)以降、3万国軍と民軍が合わさって組織された国民軍は14万1815人に達した。清軍とロシア軍に勝った日本軍に戦いを挑み、戦いらしい戦いをした軍隊は、その後米軍を除いては大韓帝国の国民軍しかなかったが、このような事実を私たちは知らずにいる。
”と報道した(リンクはこちら)。


 第1に、「1894年6月、甲午倭乱の時に侵入してきたが、明成皇后殺害に怒った百姓の武装蜂起と、高宗の俄館亡命で一時退却した日本軍は、1904年(甲辰年)2月に再び侵入して韓半島(朝鮮半島)全域を占領した。」とあるが、これは全くの事実誤認である。

 まず「1894年6月、甲午倭乱の時に侵入してきたが」とあるが、これは先に清が軍の派遣を決定したので、日本も朝鮮の独立の実現のために軍の派遣を決定したものである。
 実際にそれに続く日清戦争の講和条約としての下関条約(1895年4月17日)においては、清は朝鮮の独立を認めている。

 また「1904年(甲辰年)2月に再び侵入して韓半島(朝鮮半島)全域を占領した」とあるが、これは大韓帝国政府の了解を得て進駐したものであり、「占領」ではない。

 第2に、「日帝の全面侵攻に国軍と民軍(義兵)が力を合わせ、全国各地で6年間にわたってすさまじい「国民戦争」を繰り広げて抵抗した。」とあるが、これも全く事実誤認である。

 まず「国軍と民軍(義兵)が力を合わせ」とあるが、これは「」ではなく、単なる武装反乱集団である。

 したがって「「国民戦争」を繰り広げて」とあるが、これは大韓帝国政府の命により討伐されただけのことである。

 それゆえ、「清軍とロシア軍に勝った日本軍に戦いを挑み、戦いらしい戦いをした軍隊は、その後米軍を除いては大韓帝国の国民軍しかなかった」というのは、嘘八百ということになる。

 結論としては、「大韓帝国は無気力に滅びたのではない」は正しいが、その意味は「大韓帝国は気力を持って日本に賭けた」ということである。
  1. 2017/08/06(日) 02:04:44|
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