FC2ブログ

金子吉晴(日本の自存自衛を取り戻す会)    行動保守運動の一員として真に戦後レジームからの脱却を追求しています。

←応援クリックお願いします。

"尖閣諸島の字名、「登野城尖閣」に変更を 石垣市議会が市長に要求決議" 地元が希望するのだから敢えて反対はしないが、問題は中国の主張に反論するのにどちらがプラスか。古い地元の地名だけの方がいいような気がするが!!

 6月25日の産経新聞は,”尖閣諸島の字名、「登野城尖閣」に変更を 石垣市議会が市長に要求決議
 沖縄県の石垣市議会は25日、尖閣諸島の字名を「登野城」から「登野城尖閣」に変更するよう中山義隆市長に求める決議を賛成多数で可決した。中山氏も字名変更に意欲を示しており、今後、市議会に字名変更の承認を求める議案提出について検討を進める。
 尖閣諸島の地名にはこれまで、行政上は「尖閣」という文字が使用されていなかった。中山氏は昨年12月の市議会定例会に「登野城尖閣」に変更する議案を提出する方向で調整していたが、「事務的なミスをなくすための作業を行っている」として見送っていた。
 尖閣諸島の字名変更について、領有権を主張する中国政府は反発してきた。中国外務省の耿爽報道官は昨年12月、「日本側がどのようないんちきをやろうと、釣魚島(尖閣諸島の中国側名称)が中国に属している事実を変えることはできない」と述べている。
”と報道した(リンクはこちら)。


 「中山氏も字名変更に意欲を示しており、今後、市議会に字名変更の承認を求める議案提出について検討を進める。」ということについては、地元が希望するのだから敢えて反対はしないが、問題は「釣魚島(尖閣諸島の中国側名称)が中国に属している」という中国の主張に反論するのにどちらがプラスかである。
 この点では明治になって新たに命名された「尖閣」を入れるより、古い地元の地名である「登野城」だけの方がいいような気がするが、果たしてどうだろうか。
 さて中国の主張に関連しては昨年、次のような報道があった。

 2017年11月17日の産経新聞は,”「中国の主張を完璧に覆す」尖閣領有を否定する台湾の公式文書 解釈の誤りを指摘
 尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権をめぐり、中国が主張の根拠としている歴史資料を否定する台湾の公式文書が存在することが17日、分かった。尖閣諸島を示す台湾名の「釣魚台」は尖閣とは別の島を指していた内容で、長崎純心大学の石井望准教授(漢文学)が同日、東京都内で開いた記者会見で発表した。
 石井氏によると、中国側の「尖閣諸島が歴史上、台湾に付属していた」という主張の根拠とする歴史資料は2つあるが、このうち1つはすでに誤りだと判明している。今回の資料は残りの1つで、台湾の文書が否定したことによって中国側は主張の根拠を完全に失うことになる。
 石井氏は今回、中国側がこれまで領有権を主張する根拠としていた歴史資料の1つで、清代の役人が記した台湾の地理書「台海使槎録」(1722年)の解釈の誤りを指摘した。
 同書には「山後(台湾東部)は大洋なり、北に山有り、釣魚台と名付けらる、大船十余を泊すべし」という記載がある。中国側はこの「釣魚台」が尖閣諸島を指すとしてこの記載を基に「歴史的に尖閣諸島は中国の領土」と主張してきた。
 だが、1970年に台湾政府が発行した公式の地理書「台湾省通志」は、台海使槎録に明記された「釣魚台」を台湾東南部の「台東県の島」と認定し、尖閣諸島ではないことが記されていたという。
 台湾省通志はすでに公開された文書だったが、石井氏が今年9月に尖閣諸島の歴史を研究する過程でこうした記載があることを発見した。
 石井氏は「中国の主張を完璧に覆し、国際法だけでなく、歴史的にも尖閣諸島は日本の領土だという日本側の主張を補強するものだ」としている。
”と報道した(リンクはこちら)。
 

 「だが、1970年に台湾政府が発行した公式の地理書「台湾省通志」は、台海使槎録に明記された「釣魚台」を台湾東南部の「台東県の島」と認定し、尖閣諸島ではないことが記されていたという。」とあるのは確かに有力な指摘だろう。
 ただそれ以前にそもそも「台湾」が中国固有の領土だという主張自体が全くの嘘っぱちである。
 それは次の報道でよく分かる。

 4月5日の産経新聞は,”【明治150年】第2部 国境(下)領土「尖閣」、なぜ上陸だけで処分
 司馬遼太郎は「街道をゆく 台湾紀行」(朝日新聞出版)で「一八六八年に、アジアに異変がおこった。日本が明治維新をおこし、近代国家に変容したのである」とし、こう続けた。
 「周辺の中国・朝鮮は、儒教という超古代の体制のままだったから、この衝撃波を受けた。近代国家である手はじめは、国家の領土を、アジア的『版図』の概念から脱して、西洋式の領土として明確にすることだった」
 司馬も同書で紹介している逸話がある。明治4年11月、沖縄(琉球)・宮古島の漁民が難破して台湾に流れ着き54人が殺害された。当時、琉球王朝は清に朝貢する独立国でありながら、薩摩藩(鹿児島県)の領有でもあった。その状況で起きた殺害事件だった。
 台湾は17世紀にオランダなどが一時統治し、漢民族も居住したが、事件当時は特定の国に属さない国際法上の「無主地」だった。
 「宮古島は日本」との立場の明治政府は清に抗議した。清が台湾の領有を主張していたからだ。明治政府は「日本人殺害」を看過しなかった。
 明治政府に台湾領有の思惑があったのは間違いない。それが後の台湾出兵(7年)につながる。しかし、事件当時は外交交渉を優先した。外務卿(外相)の副島種臣らは清に渡り直接抗議した。清の回答は次のようなものだった。
 「台湾の先住民は化外の民で、清の政教は及ばない」
 「化外」とは清の中華思想の政治が及ぶ範囲ではないとの意味だ。清は事件の責任を回避した。
 欧米各国からの異論は特になく、台湾統治を放棄したと解釈された清の回答が台湾出兵につながり、その後の編入につながる。1895~1945年の台湾統治は日清戦争後の講和条約によるが、伏線となった殺害事件の明治政府の対応は「武力による強奪」とは性格を異にする。
”と報道した(リンクはこちら)。


 「台湾の先住民は化外の民で、清の政教は及ばない」なら当然、「台湾統治を放棄したと解釈」ということになる。
 これが歴史の真実である。
 日本政府はこういう歴史的事実をはっきりと中国に示す必要がある。
  1. 2018/06/26(火) 07:24:05|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<"日韓通商摩擦 激化の様相 造船に不当な補助金 WTO提訴へ" 報復関税をすぐに実施すべきであるが、取り敢えずはこのラインで我慢するほかない。日本文化の流入規制への対処も実行してもらいたい!! | ホーム | "早大政経、数学必須化の影響は? 理数苦手な志願者離れる/他大学も追随か" 当方もこの改革には大賛成。基本的に近時の経済学の理解には数学、特に微積分や行列の知識が欠かせないと思うから!!>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ccp58800.blog25.fc2.com/tb.php/3534-37b6db9c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)