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金子吉晴(日本の自存自衛を取り戻す会)    行動保守運動の一員として真に戦後レジームからの脱却を追求しています。

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"【図解・社会】大正以降の元号最終案(2019年3月)" 決定された「大正」、「昭和」及び「平成」が他の案と比べると大変優れていたのはまるで奇跡のよう!!

 3月1日の時事ドットコムは,”【図解・社会】大正以降の元号最終案(2019年3月)
 4月1日の新元号の発表まで1カ月を切った。当日は「平成」の時と同様、政府が有識者懇談会に複数の案を示した上で、最終的に閣議で決定する。ただ、「昭和」までは最終決定権を持っていたのは天皇で、中でも「明治」は天皇がくじを引いて決めたことで知られる。
 「日本年号史大辞典」(雄山閣)などによると、1868年、明治政府で議定を務めていた前越前福井藩主の松平慶永は最終3案を選び、同政府の輔相岩倉具視に提出。当時15歳だった明治天皇がくじ引きで元号を「明治」に決めた。
 「大正」は1912年、西園寺公望首相が第1案として他の2案とともに、天皇の最高諮問機関「枢密院」の山県有朋議長に提出。大正天皇が同院本会議などの議決通り「大正」を選んだ。
 若槻礼次郎首相は、新元号に「昭和」を選定し、他の2案も参考として添付した。25年末、枢密院がこれを追認し、最後に昭和天皇が決定する流れをたどった。
 「平成」の時も、先日その存在が明らかになった九州大名誉教授のメモに書かれていた「修文」とともに、「正化」が最後まで残った。
”と報道した(リンクはこちら)。


 この記事には表が掲載されており、次のとおりある。

大正以降の元号最終案
     時代    元号
大正 1912~26年天興
興化
昭和 1926~89年元化
同和
平成 1989~2019年修文
正化

 このうち「同和」と「修文」はその用語自体に特定の意味があるから、そもそも元号としてはふさわしくない。
 またそれら以外の「天興」、「興化」、「元化」及び「正化」の4案はやたら「」の字が目立つばかりで、余り内容に深みがない。

 一昨日のエントリーで「再公募の結果、14,599点があつま」ったにも関わらず、「新エンブレム」も正直、ぱっとしなかった。」と書いたのであるが、これもそんな感じである。
 決定された「大正」、「昭和」及び「平成」が他の案と比べると大変優れていたのはまるで奇跡のようである。

 とにかく結論は一昨日と同じで、「とにかく良い「新元号案」が提出されていることを神頼みするのみである」。
  1. 2019/03/31(日) 01:36:08|
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