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2020/01/12

"【主張】科学技術立国 人を育てる政策を掲げよ 成果偏重が「失速」を招いた" 気の弱い現代の日本人にとっては他説との論争が必要な文科系よりも答が一つに決まっている理科系の方が楽。「科学研究」自体については何も心配がない!!

 1月6日の産経新聞は,”【主張】科学技術立国 人を育てる政策を掲げよ 成果偏重が「失速」を招いた
 資源の乏しい日本が持続的に繁栄し、国際社会に貢献していくためには何が必要か。国民の多くが「科学技術」を挙げるだろう。
 この数年、大隅良典氏(16年、医学・生理学賞)をはじめ受賞者の多くが「日本の科学研究の現場が急速に活力を失っている」などと警鐘を鳴らしてきた。その要因として短期的な成果を偏重する近年の科学技術政策を挙げた。
 英科学誌「ネイチャー」も17年3月、「日本の科学研究はこの10年間で失速し、他の科学先進国に後れをとっている」との現状分析を発表した。国の科学研究予算が01年以降横ばいで、研究者の安定したポストが少ないことが失速の要因であると分析した。
 科学技術政策の根幹に掲げるべきは、投資に見合う成果や目標ではなく、人(研究者)を育てる理念である。
 人工知能(AI)など科学技術が目覚ましく進化し、少子高齢化が進む社会では、人材育成の重要性はさらに高まる。
”と報道した(リンクはこちら)。


 「資源の乏しい日本が持続的に繁栄し、国際社会に貢献していくためには何が必要か。国民の多くが「科学技術」を挙げるだろう。」という主張には賛成であり、「日本の科学研究はこの10年間で失速し、他の科学先進国に後れをとっている」とあることもそのとおりだと思う。
 しかし「国の科学研究予算が01年以降横ばいで、研究者の安定したポストが少ないことが失速の要因であると分析した。」という主張には反対である。
 というのは「科学研究」のような未知のフロンティアを切り開く分野にこそむしろ「競争」は必要不可欠であり、「研究者の安定したポスト」という観念とは矛盾すると思うからである。
 それよりも「日本の科学研究はこの10年間で失速」したことの原因はひとえに「国の科学研究予算が01年以降横ばい」にあることにあり、そのことが研究成果に対する報酬の減少をもたらし、研究の再生産を妨げていると考えられる。

 また「科学技術政策の根幹に掲げるべきは、投資に見合う成果や目標ではなく、人(研究者)を育てる理念である。」という主張にも首をかしげる。
 というのは「人(研究者)を育てる」ことの成果の尺度は「投資に見合う成果や目標」なのだから、両者は何も矛盾する概念ではないと思うからである。

 そして以上のことが正しいとすればそれから一歩進んで、我が国の問題点は「科学研究」にあるのではなく、むしろ「文科研究」にあるのだと考えられる。
 というのは「科学研究」をとりまく現実の制度は文科系の学問が支えており、それが弱いからこそ「科学研究」が立ち行かないと考えられるからである。

 具体的に言えば、「文科」とは要するに「人文科学」と「社会科学」であり、我が国が弱いのもその順である。
 そして「人文科学」の代表は哲学や歴史学であり、これが弱いからこそ我が国は河野談話や村山談話を破棄できず、国家の活力を著しく弱めている。
 また「社会科学」の代表は政治学や経済学であり、これが弱いからこそ現実問題として、我が国は外交の場において自国の国益を堂々と主張できなかったり、あるいは不況になってもその原因を明確に分析できず的確な対策を打てなかったりするのである。

 気の弱い現代の日本人にとっては、他説との論争が必要な文科系よりも、答が一つに決まっている理科系の方が楽なのであり、文科系さえしっかりやれれば「科学研究」自体については何も心配がないように思う。

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