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金子吉晴(日本の自存自衛を取り戻す会)    行動保守運動の一員として真に戦後レジームからの脱却を追求しています。

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"【李登輝氏死去】自民・長島氏「終始日本国民を鼓舞してくださった」" 最もピンと来たのはこの言葉。その意味は反日勢力の工作活動により自虐に陥っている日本人に向けて意識的に戦前の日本を肯定的に評価してくれたということ!!

 7月30日の産経新聞は,”【李登輝氏死去】自民・長島氏「終始日本国民を鼓舞してくださった」
 自民党の長島昭久衆院議員は30日、台湾の李登輝元総統が死去したことについてツイッターに「感謝と哀悼の誠を捧げます」と投稿した。
 長島氏は「尊敬してやまない李登輝先生」とし、写真とともに投稿。「7年前、ご自宅にお招きいただき3時間半にわたり直接ご指導賜った夢のようなひと時は、忘れ得ぬ思い出です。台湾民主化の父であり、終始日本国民を鼓舞してくださった」としのんだ。
”と報道した(リンクはこちら)。


 「李登輝氏死去」に当たり何人もの政治家が哀悼の意を表明しているが、最もピンと来たのはこの、「終始日本国民を鼓舞してくださった」という言葉だった。
 その意味は反日勢力の工作活動により自虐に陥っている日本人に向けて意識的に戦前の日本を肯定的に評価してくれたということである。
 例えば具体的には次のようなことである。

 7月30日の産経新聞は,”【李登輝氏死去】評伝 「公に奉ずる日本精神」説き続けた旧制高校生 河崎真澄
 作家の司馬遼太郎は、1993年と94年の台湾取材で親しくなった元総統、李登輝を「旧制高校生」と評した。2人とも大正12(1923)年の生まれだ。
 互いに70歳に手が届いていたが、「僕はね」と語りかけた口調に、司馬は懐かしき旧制高校生に再会したと感じたのだろう。李登輝は旧制台北高から、京都帝大(現京大)に進んだ。
 本紙連載「李登輝秘録」の取材で台北郊外の自宅を訪れたとき、李登輝は右手を首まで水平に持ち上げ、「僕はここまで、22歳まで日本人だったんだ」と言った。
 李登輝は高校時代に新渡戸稲造の「武士道」を読み込んだ。自著「『武士道』解題」(小学館)で「日本の伝統的価値観の尊さ」を訴え、戦後日本の「自虐的歴史観は誤り」と書いた。
”と報道した(リンクはこちら)。
 

 「自著「『武士道』解題」(小学館)で「日本の伝統的価値観の尊さ」を訴え、戦後日本の「自虐的歴史観は誤り」と書いた。」とあるのはまさに自虐批判そのものである。

 とにかく日本政府は台湾での国葬に際し最大限の礼譲を尽くすべきである。
  1. 2020/07/31(金) 07:10:36|
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